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আল-কোৰআনুল কাৰীমৰ অৰ্থানুবাদ - জাপানিজ অনুবাদ- ছাঈদ ছাতো * - অনুবাদসমূহৰ সূচীপত্ৰ

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অৰ্থানুবাদ ছুৰা: আল-মায়িদাহ   আয়াত:
وَحَسِبُوٓاْ أَلَّا تَكُونَ فِتۡنَةٞ فَعَمُواْ وَصَمُّواْ ثُمَّ تَابَ ٱللَّهُ عَلَيۡهِمۡ ثُمَّ عَمُواْ وَصَمُّواْ كَثِيرٞ مِّنۡهُمۡۚ وَٱللَّهُ بَصِيرُۢ بِمَا يَعۡمَلُونَ
また、彼らは試練[1]などないだろうと思い込み、(導きに対して)盲目になり、聾になった[2]。その後アッラー*は彼らの悔悟をお受け入れになったが、それから彼らの多くは(再び、導きに対して)盲目になり、聾になったのだ。アッラー*は、彼らの行うことをご覧になるお方。
[1] この「試練」とは、自分たちの罪深さゆえに、罰されること(ムヤッサル120頁参照)。 [2] 「盲目」「聾」については、雌牛章7、18、家畜章50、フード*章20,24の訳注を参照。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
لَقَدۡ كَفَرَ ٱلَّذِينَ قَالُوٓاْ إِنَّ ٱللَّهَ هُوَ ٱلۡمَسِيحُ ٱبۡنُ مَرۡيَمَۖ وَقَالَ ٱلۡمَسِيحُ يَٰبَنِيٓ إِسۡرَٰٓءِيلَ ٱعۡبُدُواْ ٱللَّهَ رَبِّي وَرَبَّكُمۡۖ إِنَّهُۥ مَن يُشۡرِكۡ بِٱللَّهِ فَقَدۡ حَرَّمَ ٱللَّهُ عَلَيۡهِ ٱلۡجَنَّةَ وَمَأۡوَىٰهُ ٱلنَّارُۖ وَمَا لِلظَّٰلِمِينَ مِنۡ أَنصَارٖ
「本当にアッラー*、かれは、マルヤム*の子マスィーフ*のことである」と言った者は、確かに不信仰に陥ったのだ。マスィーフ*は、(こう)言ったというのに。「イスラーイールの子ら*よ、我が主*であり、あなた方の主*であるアッラー*を崇拝*せよ。本当に、アッラー*に対してシルク*を犯す者は誰であろうと、アッラー*が彼に天国を禁じられるのだ。そして、その住処は(地獄の)業火である。不正*者たちには、いかなる援助者もない」。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
لَّقَدۡ كَفَرَ ٱلَّذِينَ قَالُوٓاْ إِنَّ ٱللَّهَ ثَالِثُ ثَلَٰثَةٖۘ وَمَا مِنۡ إِلَٰهٍ إِلَّآ إِلَٰهٞ وَٰحِدٞۚ وَإِن لَّمۡ يَنتَهُواْ عَمَّا يَقُولُونَ لَيَمَسَّنَّ ٱلَّذِينَ كَفَرُواْ مِنۡهُمۡ عَذَابٌ أَلِيمٌ
「本当にアッラー*は、三位の内の一つである[1]」と言った者は、確かに不信仰に陥ったのだ。そして、ただ一つの崇拝*すべき存在(アッラー*)の外には、いかなる神[2]もない。もし彼らが(そのように)言うのを止めないならば、痛ましい懲罰は必ずや、彼らの内の不信仰に陥った者*たちに降りかかるであろう。
[1] キリスト教*の、三位一体論のこと。その具体的意味には、「父なる神性・息子なる神性・父から子へとほとばしった御言葉の神性という、三つの神性論」のことであるとか、アッラー*と共に、イーサー*とマルヤム*を神としたことである、という説がある(イブン・カスィール3:158参照)。 [2] 「神」に関しては、雌牛章133の訳注を参照。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
أَفَلَا يَتُوبُونَ إِلَى ٱللَّهِ وَيَسۡتَغۡفِرُونَهُۥۚ وَٱللَّهُ غَفُورٞ رَّحِيمٞ
一体、彼ら(キリスト教徒*)はアッラー*に悔悟し、かれにお赦しを乞わないのか?アッラー*は赦し深いお方、慈愛深い*お方であるというのに。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
مَّا ٱلۡمَسِيحُ ٱبۡنُ مَرۡيَمَ إِلَّا رَسُولٞ قَدۡ خَلَتۡ مِن قَبۡلِهِ ٱلرُّسُلُ وَأُمُّهُۥ صِدِّيقَةٞۖ كَانَا يَأۡكُلَانِ ٱلطَّعَامَۗ ٱنظُرۡ كَيۡفَ نُبَيِّنُ لَهُمُ ٱلۡأٓيَٰتِ ثُمَّ ٱنظُرۡ أَنَّىٰ يُؤۡفَكُونَ
マルヤム*の子マスィーフ*は、彼以前にも数々の使徒*が滅び去って行った、一人の使徒*に過ぎない。また彼の母親はよき信仰者[1]であり、二人とも食事を口にしていたのだ[2]。見よ、われら*が彼らに対して、いかに御徴[3]を明示するかを。それから見よ、彼らがいかに(真理から)背かされているかを。
[1] あるいは、 「大そうな正直者」(アル=バガウィー2:72参照)。 [2] つまり彼ら二人は、他の人々同様、食べ物を必要とする人間であった。そして生きるために食べなければならない存在は、神などではない(ムヤッサル120頁参照)。 [3] この「御徴」は、アッラー*の唯一性*を証明し、彼らが預言者*たちについて主張している間違いを示す証拠のこと(前掲書、同頁参照)。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
قُلۡ أَتَعۡبُدُونَ مِن دُونِ ٱللَّهِ مَا لَا يَمۡلِكُ لَكُمۡ ضَرّٗا وَلَا نَفۡعٗاۚ وَٱللَّهُ هُوَ ٱلسَّمِيعُ ٱلۡعَلِيمُ
(使徒*よ、)言ってやるがいい。「一体あなた方は、アッラー*をよそに、あなた方に対して害も益も有さないものを崇拝*するというのか?アッラー*こそはよくお聞きになるお方、全知者であるというのに」。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
قُلۡ يَٰٓأَهۡلَ ٱلۡكِتَٰبِ لَا تَغۡلُواْ فِي دِينِكُمۡ غَيۡرَ ٱلۡحَقِّ وَلَا تَتَّبِعُوٓاْ أَهۡوَآءَ قَوۡمٖ قَدۡ ضَلُّواْ مِن قَبۡلُ وَأَضَلُّواْ كَثِيرٗا وَضَلُّواْ عَن سَوَآءِ ٱلسَّبِيلِ
(使徒*よ、)言ってやれ。「啓典の民*(キリスト教徒*)よ、あなた方の宗教において不当にも度を越してはならない。また過去に迷い去り、多く(の人々)を迷わせ、真っ当な道から迷い去った民[1]の私欲に従ってはならない」。
[1] この「民」とは、ユダヤ教徒*のこと(ムヤッサル120頁参照)。
আৰবী তাফছীৰসমূহ:
 
অৰ্থানুবাদ ছুৰা: আল-মায়িদাহ
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